古来において、人体を細分化する解剖学や生理学はありませんでしたから、自然から生まれた人間は、自然と同じ一定の法則に従って循環しており、自然が持つエネルギー(氣、Qi)の変化に影響を受けているという考え方をしました。
自然が持つエネルギーは、2500年前からある東洋医学において、5つのエレメントで表されます。
木もく:種子から成長して、「自由」に拡張するエネルギー
火か :拡張の勢いを増し、「成り行き」の具現化したエネルギー
土ど :形となり、それを「変容したり」「維持する」エネルギー
金ごん:形になったものを純化させ、「秩序を与える」エネルギー
水すい:潤す、流す、冷やすなど「生命の根本」的なエネルギー
- 木は水によって養われ、水がなければ木は枯れてしまう。
- 火は木によって養われ、木多く燃えて火をたくさん生み、木少なければ火もまた小さい。
- 木が燃えればあとには灰が残り、灰は土に還る。土が肥えているときは火が盛んである。
- 鉱物・金属の多くは土の中にあり、土を掘ることによってその金属を得ることができる。
- 金属の表面には結露により水が生じる。水が増えることで生命が大きくなる。
人も自然の一部ですから、この5つのエレメントに影響を受けているという考え方です。
さらに、そのエネルギーの状態を強め高める太陽の「陽」と、そのエネルギーの状態を弱め抑える月の「陰」という陰陽の性質によってもエネルギーが変化する考え方をしました。
この世の全てのものは、陰の現象、陽の現象で表されます。
この白と黒の勾玉と小さな2つの円が重なった、1つの円を「陰陽太極図」といいます。
この図は、森羅万象全てのものが陰と陽で出来ているという意味を表しています。
なぜ「陰と陽を白は白、黒は黒で真っ二つに分けないのか?」という疑問が生まれますが、この世の中は、陰と陽にはっきりと明確に分けることが出来ないからです。
例えば、世の中には動く物と動かない物が存在していて、動物・植物と分けることができます。動は陽、静は陰なので、動物は陽気、植物は陰気と考えていくことができます。でも植物は動かない物なので陰ですが、育っていくので成長する状態は陽ととらえていくことができますし、他には、種が風に乗って移動するようであれば、植物そのものは陰であっても種は陽と捉えることができます。つまり、状況に応じて陰や陽に傾いているものもあるということです。
つまり、「陰か陽かどちらかに極めた完璧なものなど存在しない」という考えなのです。
光が強くなって、陽だけになるかというと、必ず影である陰も強く生まれます。
滅入っているときは、「ちょっと活発さ(陽)が必要かも?」と考え、元氣過ぎるときは、「少し冷静さ(陰)が必要かも?」とバランスをとることの大切さを教えてくれる目印なのです。
そして、この5つのエレメントと陰陽2つの性質から陰陽五行と言います。
1/7の七草、3/3の桃、5/5の端午、7/7の七夕、9/9の菊の五節句も陰陽五行に基ずく習慣です。
七五三も陰陽の陽の奇数がもとになっていますし、水引も慶事は奇数、弔事は偶数となっています。漢方も陰の乱れには陽の物質を、陽の乱れには陰の物質を処方します。
つまり、私たち人間は自然を構成するもので出来ているという事です。
木火土金水のどれかが、優勢だと感じた場合は、からだ自身がその増えすぎたエネルギーに対処する用意ができているということだと理解できるはずです。
現れている状態は、良いとか悪いとかという事ではないということです。
からだは、その状態に対処するべく反応しているということです。
木は風によって乱されます。
乱れた木は酸味を欲します。
乱れた木は土を乱します。
火は熱によって乱されます。
乱れた火は苦味を欲します。
乱れた火は金を乱します。
土は湿によって乱されます。
乱れた土は甘味を欲します。
乱れた土は水を乱します。
金は乾によって乱されます。
乱れた金は辛味を欲します。
乱れた金は木を乱します。
水は寒によって乱されます。
乱れた水は塩味を欲します。
乱れた水は火を乱します。
これらと不自然な物質が組み合わさったエネルギーによって、私たちに良くも悪くも影響を受けます。自然に照らし合わせて考えるので、専門的な知識は必要ありません。自分を強くするもの弱くするものを自然と重ね合わせて考えるだけですから、予防や回復のための自己分析に向いています。