病気の本質を考えるとき、言い換えると健康を考えるとき、病気とはバイ菌か何かによるもので、それを除去しさえすれば、健康になれるというような思い違いを考えがちです。
例えば、成人病と呼ばれる高血圧・動脈硬化・糖尿病 などその他大半の病気には病原菌のようなものは発見されておらず、人の生き方、人の心や生活を抜きにして、その原因を考えるのは困難なのです。
将来における健康の在り方は、人とその生活のあり方「生きざま」に関連づけて考えられなければならないのです。私たちの祖先が病気を「気が病む」と解したのは、この言葉において貴重な見出し方をしたといえます。もちろん、この「病は気から」というのは「気の患い」とか「悩むから、怒るから病む」ということも一因ではあるのですが、そういうものとは本質的に異なります。そうではなく、気という「生命の流れ」みたいなもの「心身の根底にあるエネルギー」が阻害されることが「気が病む」本質だと理解しなければならないのです。
こころ と からだ の関係は複雑多様ですが、最も分りやすい のは、感情と生理的変化の関係です。これを利用した嘘発見器というのは、感情に伴う手のひらの電気抵抗の変化を見ることで、隠された感情の動きをとらえることを原理とするものです。ただ、その変化の確認も生理的変化のほんの一部を確認するに過ぎません。私たちは一日の中で情緒の喜怒哀楽を発揮するたびに、様々な神経系・循環器系・消化器系といった生理機能に喜怒哀楽に対応した変化が起っているのです。
例えば、恐怖に襲われると顔が青ざめ、手が震えます。顔が青ざめるのは顔の血管が収縮するためで、その結果そこの血流は傷害し少なくなり、血圧は上がります。手が震えるのは、自律神経の交感神経が優位になって緊張が高まるためです。でも、感情からの身体的緊張を、ただそれだけだと考えるのは大きな間違いで、目に見えないところで多くの変化が、頭のてっぺんから足の先まで、からだの表面からからだの内側「内臓の領域」まで起こるのです。
だから心の安定しない人は、からだの機能状態も安定しないことになります。そうすると、神経過敏の人は長い人生の中で様々な器管に多くの障害が起きることになって長生きできません。
なぜ長生きできるのか長寿者をしらべてみると、ほとんどその全員がくよくよしない、せかせかしない性格の人であることが分かっていて、こういった性格と病気には関係があると思われます。この相関関係は、もはや疑うことのできない事実なのです。
性格は先天的にひとつひとつ持って生まれた心と書きますが、後天的に感情が習慣化されて作られていく傾向にあります。
後天的な感情が「内に籠る」癖がある人がいます。内攻するといってよいかもしれません。つまり怒りの感情が、悲しみの感情が、不安や不満といった感情が発散されずに抑圧されると、からだの中に溜まるのです。では、感情が持続しやすい のはどういう人なのかというと、生真面目で、小心で、孤独感が強く、内向的な人ではないかと思います。
友人が少なく、言葉にできない、人に訴えることや人に理解してもらうことが少ない人です。
感情は言葉で発せられるとき、人に話すとき、多くの人の話題にされるとき、どういうわけかスカッと軽減します。ところが逆に自分の心の中にしまい込み、繰り返し反芻され、 そのたびに緊張や執着を生ずるときは、なかなか消滅しません。
思いを口にし、発散しましょう。
外に出かけ、人と出会い、話す機会を持ちましょう。